複数のブログを書いていて感じた「苦しみ」

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ブログを書いていると、楽しいこと、苦しいこと、いろいろあります。
今回は、私が複数ブログを書いて感じた苦しみについて、書きます。

複数のブログを書くようになったキッカケ

私のメインのブログは、今見ていただいているこの「そふぁねブログ」です。
そふぁねブログを書いていて、それなりに記事数も増えてきたころ、ある気持ちが出てきました。

あるテーマについて、専用の場を用意したい。

そふぁねブログでは、いろんな事について書いています。
本、アプリ、雑貨、そしてマグカップなどなど。
ところが、その沢山あるネタの中の一つを好んで書いていることに気づきました。
そうなると、「ひとつのテーマに絞ったブログを作りたい、独立させたい」という思いが出てきたのです。私はその気持ちの赴くまま、もう一つのブログを作りました。そのさい、一つ悩んだことがあったのです。

「誰」としてブログを書くのか

「そふぁね」というのは、私という人間のもつ一つの側面です。人格、ペルソナ、そんな言い方もできるかもしれません。
その「そふぁね」として新しいブログを書くのか、それともリアルの自分(=実名)でブログを書くのか、はたまた新たな人格を生み出すのか。考えて出した結論は、実名で書くことでした。
ところが、新しいブログを書いていると、思ったようにはいきませんでした。

ブログを書いていて、楽しくない

普段「そふぁね」として書いているこのブログ。
「書く」という行為自体にも楽しみがあります。
もちろん、「読んでもらった」「反応があった」ときも楽しいのですが、書くだけで一定の楽しさを得ています。
Macに向かって、Marseditでブログを書いているこの行為が、1年と数ヶ月かけてとても「なじんで」いるのです。

人格を切り替えた途端、手が止まる

それでは、実名で新たなブログを書いているときはどうでしょうか。
手が進まないのです。
それどころか、一人称はどうしたらいいのか、口調は「だ」?それとも「ですます?」そういったいろんな「自分の不自然さ」があるのです。
やってるうちに慣れるさ
そう思って続けてみましたが、新しいブログの更新はいつしか苦痛になっていました。

そふぁねなら、書けるのに・・・

もちろん新しいブログを書いている間も、そふぁねブログを更新していました。
そふぁねブログを書いているときは、手が動きます。ブログを書くという行為がとても「自然」なのです。
また新しいほうのブログを書く。止まる手をなんとか動かして、書き上げる。
公開ボタンを押す。Facebookに、Twitterに、更新通知を流す。
襲ってくる後悔。自分の書いたこの文章はなんなんだ。全然、面白くない。
こんなものしか書けなかったのか。
本気で眠れなくなりました。

「ごめん、もうやめにするんだ」

本当にありがたいことに、新しいブログのほうを見て「読んだよ」「自分はいいと思うけどな」と言ってくれる方がぽつぽつといらっしゃいました。
正直うれしかった。感謝しつつも、「ありがとう、でもごめんね。あのブログ、どうしても自分で書いてて楽しくないんだ。苦しいんだ。だから、やめにするんだ」
そう説明するしかありません。それが本音なんです。

そふぁねブログ、このブログを書いていて本当によかった

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新しいブログを作って、書いて、それがどうしても楽しめなくて。結局やめてしまった。
話としてはありきたりです。
ありきたりなんですが、私が一番感じたのは「そふぁねブログ」を書いててよかった、ということ。なんでも書ける、読んでくれる人もいる、ホームがなければ、たぶんもっと悲しかったように思います。
またいつか新しいブログを始めたくなるときが来るかもしれません。(こないだもpostach.io始めたし)このブログにいつでも戻って来られる安心感があるから、新しいことにチャレンジしていけるのかも。
知らない間に、安眠できるソファを手に入れてたみたい。

参考

ブログをいくつか書いていると思うことってあるよね?みんなどうしてるのだろう

[Å] ブログ2個運営で見えた失敗と注意点・そしてさらなる挑戦! | あかめ女子のwebメモ

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