【読書記録】僕たちのゲーム史

魔界村が難しかった、とか、スペランカーが・・・とか。
そういった思い出にひたる本ではありません。
この本では、日本のゲームの歴史を紐解き、また今後の展望についても触れられています。

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ゲーム史を見る「2つの軸」

この本では、「ゲームとは何かを定義」しています。そしてその上で、ゲーム史について語られています。
そしてこの本において、ゲームとは

「ボタンを押すと反応する」もの

と定義されています。
これは、「過去のゲームと現在のゲームで変わらない部分」が「ゲームの定義だ」という考えから。
逆に過去のゲームと現在のゲームで変化している部分は

物語をどのように扱うか

であると述べられています。

キーワードは「物語性」

筆者は、この本を書こうと思ったきっかけを以下のように書いています。

僕がこの本を書こうと思ったきっかけは、すごく単純な疑問を抱いたからでした。それは
『スーパーマリオブラザーズ』のようなゲームは、どうして生まれなくなったのだろう?
という疑問です。

みんなが知ってるスーパーマリオ。アクションゲームの代表、スーパーマリオ。
でも実は、スーパーマリオはアクションゲームではなかったのです。

スーパーマリオはアクションでは無かった

本の帯にもでっかく書いてあるこのセリフ。

つまり『スーパーマリオ』はアクションゲームとして売られたまけではない、というのはどういうことなのか。
それは『スーパーマリオ』に付属していたマニュアルを見れば、すぐにわかります。そこにはゲームの説明として「このゲームは、右方向スクロールのファンタスティックアドベンチャーゲームです」とだけ書かれているのです。つまり、「アクションゲーム」とは一切書かれていないということです。

こちらも「これはアドベンチャーゲームなのだ」と力強く記しています。つまり、現在では考えられないことかもしれませんが、当時の人は『スーパーマリオ』にアドベンチャーゲームやロールプレイングゲームのような奥深さを見ていたのです。そしてその理由として、やはり隠れキャラや隠しボーナスなどの裏ワザの存在があげられていました。

ジャンプして、ダッシュをして、敵を踏んづけて。そんなマリオがアドベンチャーだというのはヘンじゃない!?
そう感じたアナタ、ぜひ本書を読んでみて下さい。
序盤では、ロールプレイングとアドベンチャーの違い、そしてこの2つが海外と日本でどのように扱われ進化したかについて考察されています。
ロールプレイングゲームでは、主にキャラクターになりきって。アドベンチャーゲームでは、自分が主人公として。物語を体験します。
一見大差がないように思える違いですが、これまでのゲーム史を紐解くと、「物語の扱い方」「物語を体験させる手法」が様々であることがわかります。

かくして『スーパーマリオ』は家庭用ゲーム機の可能性を広げ、アクションゲームの可能性をも広げ、そしてファミコンのプレイヤーたちにゲームの世界の奥深さを教えました。この後、ゲームは本格的に奥深さが追求され、より物語性の豊かなものへと進化していきます。その主役となるのは、ここまでに何度も名前の出た、アドベンチャーやロールプレイングというジャンルのゲームでした。そしてそのことが、日本のゲームを独自の路線へと進ませていきます。

物語性は、自分にとって新たな視点

物語性についての視点をもってゲームを考えたことは今までありませんでした。
その意味では、この本は自分に新たな「視座」を与えてくれたといってもいいでしょう。
物語性、ゲームの定義、マリオの話・・・これらはこの本の一部に過ぎません。
アーケードゲームの隆盛と衰退、シミュレーションゲームの考察、東方や月姫といった同人ゲーム、モンハンやポケモンなどの「コミュニケーション」を伴うゲーム・・・
様々な角度からゲーム史が網羅されています。

ソーシャルゲームなんてゲームじゃない、とは言っていられない

私もゲーム好きとしていろいろと思うところはありまして、やはりゲームといったら据え置きで、テレビに向かってどっしりやるものだ、なーんて思いがあります。
スマホでポチポチやるのはなんか違う!とも正直思います。
ですが、本書を通じてゲーム史を見てきて、そして最後のほうで現代に到達し未来を考えた時。そんなことも言っていられません。
筆者の一言が印象に残っています。

従来の価値観を覆したものが次のゲームになる

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