Twitterでいおり姉様(@ioryiony)に勧めてもらって、読みました。
結果として、もう、自分にぴったりの本でした。
どうもよくイライラしちゃう私なんですが、イライラしたあとって「イライラした自分」に対してがっかりしたりするんですよね。
そんな毎日とオサラバしたい、そんな気持ちでいたところに、この本はうってつけでした。
なんだかモヤモヤしている人へ。
本書を読むと、こんなメリットがあるそうです。
あなたが人間関係の中で時折感じる不快なモヤモヤの理由が理解できるようになります。
誰だってモヤモヤはしたくないですよね。モヤモヤしてていいのはさまーずの行く街だけです。
人間関係においてちょっと不快になったり、もやっとしたり。
その「理由が理解」できれば、モヤモヤが実際に晴れるかどうかはともかく、ちょっとスッキリしますよね。
選択理論とは?
選択理論とは、
「人は自分の行動しかコントロールすることはできない」と捉える理論です。
他人はコントロールできないんですよ。
私達がふだんの人間関係で不快に感じたり、もやっとしたりするときって、
「なんでわかってくれないんだろう」「なんでちゃんとしてくれないんだろう」
といったことが原因であると思います。
でもこれって、「自分の思い通りに相手をコントロールできる」と思っちゃってるんですよね。
そふぁねにとってもあるあるです。
今の私のように、「他人をコントロールしようとしちゃうこと」を、本書では「外的コントロール」と呼んでいます。
文章の中では、「選択理論島の人々」と「外的コントロール島の人々」というふうに、それぞれの考え方を持った人の集まった島を舞台に、それぞれの特徴がわかりやすく説明されています。
「他人をコントロールできない=自分が相手に合わせる」ではナイ!
自分が他人をコントロールできないということは、自分が我慢して相手に合わせる、すべて受け入れる。
ということではありません。
「自分が他人をコントロールできない」ということは、すなわち相手から見ても自分をコントロールはできない、ということです。
「自分が相手にしたり言ったりすることは、数ある情報のひとつに過ぎず、それに対して、どんな行動や態度を選択するのかは相手次第である」と考えます。これは、自分と相手の立場をひっくり返しても同じこと
「私が○○すれば、相手は○○になる」「相手が○○したから、私は○○になった」 こう考えていると、自分の人生の舵を自分で握ることができません。これは自分にとっても相手にとっても、自由を失う考え方なのです。
選択の主体は自分。
選択の主体はいつも「自分」。他人をコントロールすることはできないし、他人からコントロールされることもいけない。
人は自分の生き方を「選択」することができる存在であると考えます。
しかし、こう言うと皆が好き勝手振る舞えるようになるかと思ってしまうかもしれません。
でも、それも違います。
例えばあなたが誰かから仕事を頼まれて、それを行ったとします。
それは、あなたが「コントロールされた」のではなく、あなたが「頼みを聞いて仕事を行う」選択をしたのです。
自分が行動を選ばないと自分の欲求は満たせない
立花さんの「ノマドワーカーという生き方」の中にもありました。
「サラリーマンとして家族を養う必要があるから、ノマドワーカーにはなれない」と、選択の余地が無いかのように思いがちですが、「家族の生活と、自分のやりたいこと」を天秤にかけて、その上で「家族」を「選択」しているのです。
この「自分が選んで行動している」(=他人にコントロールされているわけではなく)という点、とても大事ですね。
おわりに
上で紹介したポイントは本当にごくごく一部で、今まで気づいていなかった自分の行動・考え方の中のいいところ・悪いところに気づくことができたいい本でした。
日常でつい「外的コントロール」な思考をしてしまうこと、まだあります。
でもこの本を読んで以降は「ああ、他人は変えられないんだったー。」とふっと思い出すことができるようになりました。
今後もっと自分の「内から生まれるストレス」を減らして、健康的な心で生きて行きたいものです。
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